2008年6月25日水曜日
「閲覧無料」の看板
「21世紀に対応できる文献情報の拠点としての『県民に開かれ、親しまれる図書館』に」
89年に示された県の図書館建設基本構想には、こう記されている。「新しい(3代目)図書館の建設は長年の悲願だった」。元県教育長で、図書館再建にかかわった西川時千代さん(73)=和歌山市=は振り返る。
1908年6月、和歌山城内に初代県立図書館が誕生した。蔵書は約8000冊。当時の図書館令は「閲覧料を徴収することができる」としたが、正門には「閲覧無料」の看板が掲げられた。38年、大規模な改修工事で2代目となり、45年、和歌山大空襲による建物の焼失は免れたものの、米進駐軍が接収。46年6月の業務再開後、50年4月には新図書館法が公布され、閲覧者数、冊数ともに急増した。
県内の公立図書館創設が相次いだ70年代。県立図書館の機能充実が求められるようになるが、整備の遅れが目立った。「昼でも薄暗く、ゆっくり本を読める環境にない。学生の勉強の場にしかなっていなかった」と西川さん。73年の新館建設基本方針は財政悪化などでいったん白紙になったが、「誰もが気軽に楽しく利用できる施設に」との声は強まる一方だった。88年、県教委は文化施設整備室を作り、再び新館再建に乗り出した。
西川さんは91年、教育長に就任。県外の図書館の視察を重ね、県民の文化・学習活動を幅広く支援できる施設を目指す。93年、文化情報センターなどを備えた複合施設として、新図書館が和歌山市高松の和歌山大経済学部跡地に完成。県民からの公募で、愛称は「きのくに志学館」に決まった。
「まさに県民による県民のための図書館」。移転後、初代館長を務めた西川さんは、子どもからお年寄りまで、たくさんの人がうれしそうに本を手に取る姿に目を細めた。そして今、願う。「これからますます精神的な豊かさが求められる。文化の殿堂として一人でも多くの県民に利用していただきたい」=つづく
毎日新聞
続けることが大切なんですよねぇ
2008年6月18日水曜日
看板だけでなく・・・
「らしくない人」で、「らしい人」でもあった。
運輸相を務めた護氏を父に持ち、叔父は日本商工会議所会頭だった重雄氏。名門の出身だが、「いかにも」という感じは受けなかった。日経連(現日本経団連)会長時代から気さくに付き合ってもらい、その人なつっこい笑顔が忘れられない。
製銅の専門家で、三菱金属社長として三菱鉱業セメントとの合併に尽力し、誕生した三菱マテリアルの会長に。91年5月、日経連会長に就く際には、前任会長の鈴木永二氏(三菱化成会長)と経済同友会代表幹事の石原俊氏(日産自動車会長)が、後継者として永野さんを奪い合った。このため、経団連会長だった斎藤英四郎氏が「マージャンでもして、仲良くやろうや」と鈴木、石原両氏に声をかけたという。三菱の看板だけでなく、人間としての魅力があったからだろう。
財界人としては、とても「らしい人」だった。日経連は財界の労務部。永野さんの発言は話題を呼んだ。客室乗務員の時給制採用を計画した日本航空を批判した亀井静香運輸相に「あさってを向いている」と応酬したり、春闘を前に「ベアゼロ」「賃下げ」と刺激した。物づくり一筋の人らしく、高コスト構造による日本の産業空洞化を深く憂慮していた。
ただ、「歯に衣(きぬ)着せぬ」と評される裏側で、「みんなが偉くなり、給料も上がればいいんだけどな」と漏らしてもいたことも、記憶に残る。
「講演で声が続かなくなると困るし、元気でなきゃな」。訪ねるたびに、黒みつや滋養強壮剤を勧められた。「それ以上元気になってどうするんですか」と返していたころが、懐かしい。【原敏郎】
毎日新聞
惜しい方でしたねぇ
2008年6月2日月曜日
看板をたたくヨーロッパ式
陸上の中長距離大会「第19回ゴールデンゲームズinのべおか」(同実行委員会、宮崎陸上競技協会主催)が31日、延岡市の西階陸上競技場で開かれた。北京五輪を目指すトップ選手ら約600人が出場したほか、自ら各マラソン大会に参加している東国原英夫知事も応援に駆け付け、五輪イヤーにふさわしい盛り上がりとなった。 今大会は、中距離種目に日本ランキングの上位選手が多数出場。日本記録を持つ男子1500メートルの小林史和選手(NTN)や女子800メートルの佐藤美保選手(ナチュリル)らが五輪の参加標準記録を目指し熱いレースを繰り広げ、観客は、広告看板を紙筒やペットボトルなどでたたく「ヨーロッパ式」の応援で選手を後押しした。 東国原知事も途中から応援に“参戦”。会場実況を担当していた旭化成陸上部顧問の宗茂さんと一緒にトラックへ飛び出し、観客とハイタッチをしながら選手への応援を呼び掛けるなどして会場を盛り上げた。 大会には、旭化成陸上部に今春入った新人選手も出場。このうち、鹿児島県立鶴翔高出身の松原康浩選手は「大声援を力に変えられず残念。次は地元の人たちにいい走りを見せたい」と話した。=2008/06/01付 西日本新聞朝刊=
物たたくってのはねぇ・・・